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係長は左の腎臓を失う羽目にはなった。 が、大切な命を長らえることができた。
係長からしばらくして聞いた話だが、手術の成功を説明したとき、泌尿器科医長は係長に向か胃健診で分かった騨臓ガンガンと聞けば、たいていの人はとても痛く、ヤセてくる病気を思い浮かべると思う。 たしかに、ガンでは食欲がなくなる。
しかもガンに栄養分を取られてしまうので、体重が減ってしまう。 場合によってはガリガリにヤセてくる。
しかも、痛みに悩まされることが多い。 が、ガンといっても、十ガン十色。
ガンの種類によって、それぞれ症状はまるっきり異なる。 骨肉腫のように痛みが強いガンもあれば、白血病のように痛みがないガンだってある。
もっとも、白血病では、痛みのかわりに出血や発熱などに悩まされる。 いやはや。
有り難い話ではある。 だが、著者は神さまでも、仏さまでもない。

たんなる一介の、しかもタケノコ医者に過ぎない。 係長を救ったのは、ほかならぬ、健診である。
著者はあとで係長に頭をかきかき、こう訂正しておいた。 「あなたは奈良先生に救われた。
奈良先生を神さまと思わなくてはなりませんよ」と話したそうだ。 こうしたサイレント・キラーを早期に発見するには、やはり健診しかない。
あるとき、著者の外来に、胃健診の結果をもった中年の会社員があらわれた。 聞けば、胃のバリウム造影検査で、胃の形がおかしいといわれたという。
胃ガンや、胃潰傷では、胃の粘膜がただれる。 その粘膜の所見を丹念に見れば、早期の胃ガンでもわりと診断は簡単だ。
が、その人の胃の造影フイルムをよく見ても、粘膜にただれはまったくない。 きれいな胃粘膜だ。
胃ガンでもなければ、胃潰癌もない。 胃炎の所見でもない。
このように、ガンといっても同じ症状が出るわけではない。 もっと困るのは、末期になるまで症状がまるで出てこないガンだ。

また、かりに症状があっても、たんなる疲れなどの症状とまぎらわしいものもある。 こうしたガンはサイレント・キラーともいわれ、早期に診断するのがけつこうむずかしい。
サイレント・キラーの代表格は、騨臓ガンと卵巣ガンだ。 陣臓ガンは、初期のころには症状はほとんどない。
たとえ症状があるにしても、消化不良や不快感などで、食べ過ぎや飲み過ぎなどとかたづけられやすいものだ。 卵巣ガンも、下腹部の鈍痛などがあるくらいで、ガンに特有な症状はなかなか出にくいものだ。
著者はすべての検査結果と紹介状を持たせ、彼を金沢へと送り出すことにした。 だが、胃の形がたしかにおかしい。
胃の中というより、むしろ胃の外、もっというなら胃の後ろ側から圧迫されている感じだ。 となれば、胃の外に腫痛があり、胃をグイと押しているのではないか。
そこで、確認をするために、胃内視鏡検査をおこなってみることにした。 胃内視鏡は、陰影をみる胃のレントゲン検査と違い、胃のなかを直接に覗くことが可能である。

だから、より的確に胃の病気を診断できる。 さて、会社員の胃は、背中側で、後ろから押し上げられるようにせり上がっていた。
後ろ側から押すものといえば、まず騨臓ガンの可能性が高い。 そこで、CT検査を次におこなってみた。
すると、騨臓に腫漕のあることが見つかった。 こうして、騨臓ガンが発見された。
この間、会社員は、ガンの症状らしいものはまったく感じていなかった。 それでも、彼はガンにかかっていたのだった。
会社員は金沢市の出身で、東京へは単身で赴任してきていた。 騨臓ガンともなれば、手術をしなければまず助かる見込みはない。
こう説明すると、彼もそのことを十分に理解した。 そして、家族のいる金沢で治療を受けることにした。
著者は、数年前まで、東京都教職員組合の病院で嘱託医をしていた。 その病院には血液内科の専門医が常勤しておらず、血液疾患の診療について、著者は一手に依頼されていたのだった。
その後、二ヵ月もしただろうか。 主治医から手紙がきた。
騨臓ガンの手術が無事に終わり、手術後の経過を慎重に観察しているとのことだった。 牌臓ガンはこうして発見された。

健診を受けていなければ、そうとうにガンが進むまで、気づかれることはなかったに違いない。 そして本人がおかしいと気づくころには、時すでに遅く、手術すらもできないくらいにガンは大きくなっていたに違いない。
物いわぬサイレント・キラーを早期に発見するには、素手だけで立ち向かうのは至難のわざだ。 最新鋭の検査機器を駆使した健診で見つけだすしかあるまい。
健診の威力はじっに大きいのだ。 地元の病院で治療を受けることは、患者にとっても、家族にとってもメリットが大きい。
教職員組合の病院だから、必然的に、学校の先生が診療を受けている。 同時に、教職員を対象にした人間ドックも実施していた。
著者は人間ドックを担当していたわけではない。 だが、血液検査の結果についての相談をしば受けていた。
健康そのものと思っていた女性教師がいた。 彼女は五○歳になった記念にと、人間ドックを受けることになっていた。
人間ドックでは、型のとおり、尿検査、血液検査、心電図検査、呼吸機能検査、腹部超音波検査、胃カメラ検査、婦人科検査などがしっかりとおこなわれた。 先生は、自負するとおり、どの検査にも異常はない、と、思われた。

判定も異常なしのAをつけた。 ところが、先生の血液をスライドグラスに塗り、顕微鏡で観察していたベテランの検査技師が、何だかオカシイと感づいた。
そのスライドグラスの中に、一個だけだが、奇妙な細胞があるという。 その一個の細胞を除けば、まったくの正常な血液と判定して差し支えはないほどだった。
検査技師から連絡を受けた著者は、急いで検査室へと足を運んだ。 顕微鏡を覗いてみると、たしかに異常な細胞がある。
通常の白血球よりも大きく、しかもその中の核がやたらと大きい。 核の形態も異常だ。
白血病か?頭の中を、その病名がよぎった。 人間ドックをすべて終了し、退院の準備をしていた先生に、外来診察室に来てもらった。
一通りの診察をしたが、異常らしい異常は見当たらない。 そこで、骨髄検査をおこなうことにした。
胸にある胸骨に針を刺し、骨髄液を採取してそれを顕微鏡で観察する検査である。 白血病など、血液病を診断するのに欠かせない検査だ。
骨髄検査をおこない、骨髄液をすぐに染色して顕微鏡で覗いた。 結果はクロ。
案じたとおりのあれほど健康に自信があったはずの先生は、何と白血病に冒されていたのだった。 だが、すぐに治療を開始し、白血病はもののみごとに治ってしまった。
そして、数ヵ月後には退院し、再び教壇に立つことができた。 先生にとっては、まさしく不幸中の幸いであった。

白血病という大病にかかったこと自体は不幸かも知れない。 でも、五○歳を記念して人間ドックに入ったのがまず幸いした。
しかも、通常なら見過ごされても仕方がないほどの微妙な変化を、ベテラン検査技師が目ざとく見つけたことはもっと幸運であった。 著者に連絡してこなければ、白血病とは診断できなかったかもしれない。
そして、治療が功を奏したのも幸いだった。 いくつもの幸運が重なり、先生は白血病を克服することができたのだ。
つい二○年ほど前までは、白血病といえば、ほぼ不治の病のように考えられてきた。 最近では、効果のある制ガン剤が開発され、しかも骨髄移植療法が発展した。

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